堂本 剛(どうもと つよし、1979年 4月10日 - )は、日本のシンガーソングライター、アイドル、俳優、タレントであり、アイドルデュオ・KinKi Kidsのメンバーである。 本名同じ。 奈良県 奈良市出身 。 ジャニーズ事務所所属。身長166cm 。 血液型はAB型。. KinKi Kidsの堂本剛(41歳)が、11月7日に放送されたバラエティ番組「KinKi Kidsのブンブブーン」(フジテレビ系)に出演。 思い入れたっぷりに“あるもの”への愛を語った。 この日、ロケ企画で「人生の中において、ずいぶんお世話になっているところ」に寄りたいと、車を走らせた剛。 毎週月曜日放送の「KinKi Kidsどんなもんヤ!」(文化放送ほか)。7月13日の放送は、堂本剛さんが担当しました。チャリティーソング・Twenty☆Twentyの『smile』への想いや、新曲『KANZAI BOYA』の曲紹介では声を震わせる一面もあり、剛さんの誠実さが伝わったと話題になっています。 今回は堂本剛の姉弟愛をお送りいたしました . (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 「ジャニーズJr.内ユニット・HiHi Jets」の「作間龍斗、橋本涼」とみられる男性の「“寝顔写真”」が「ネット」上に流出し、「ジャニーズファン」の間で大きな騒ぎになっています。「橋本涼」に至っては、かねてより交際がうわさされていた女性との「ベッド写真」に加え、「作間龍斗」を含む男女混合の「グループ旅行、未成年飲酒疑惑」も浮上するなど、今後も波紋を呼びそうです。 ?」とこっちが勝手にそわそわしてしまいそうになる。, 『光の気配』の歌詞に戻ると,サビで剛がソロで唱うこのパートは「おー,いい歌詞だなー」だけで見過ごすワケにはいかない。このメッセージには彼の実存が深く関わっているのである。, これを聴くお客さんに言葉を語りかけるというよりも,自分に問うているような感じ。アイドルが人生についての深い問いかけを唱うことはまずないので,これを聴いた1人ひとりの胸にこの言葉が植え付けられ自身のこれまでの生きてきた証を振り返ってみると同時に,音楽番組でヘッドホンを装着して左耳を守りながら繊細且つどこか強い歌唱に彼の実存的なところが見えてジンとせずにはいられなくなることだろう。, このようにして剛はKinKi Kidsとして光一と共に愛や人生について唱ってきたのである。そして,以上の曲たちはあくまでボクが好き勝手に選定したものであるため,これらが全てではなく,これらの曲以外でも愛や人生について唱ってきたすばらしい楽曲はたくさんあるし,恋抱く相手への愛のみならず,家族に抱く愛を唱った『Family〜ひとつになること』もあれば,自身の歴史を尊敬してやまないジャニーさんを絡めながらファンクに唱った『KANZAI BOYA』だってある。ボクは彼らのこれまでの楽曲を全ては聴き込んでいられていないので,もしアルバムやカップリングにこういう名曲があるよというおすすめがあればぜひ教えて頂きたいです‍♂️, ボクらがよく目にする・耳にするKinKi Kidsとしての楽曲に込められたメッセージを見てきたところで,今度は剛自身が紡いできた曲に焦点を当て,彼の考えや思想を辿ってみようと思う。, 最近の彼の作曲におけるモットーとしては初めて聴いてから永遠に”?”を浮かばせるような曲を作ることであり「彼は一体何を歌ってるんだ?」と思わせることに技巧を凝らしているようだ。とはいえ,ただ単にワケのわからない(≒無意味,無内容)曲を作ろうとしているということではない。彼はアルバム『HYBRID FUNK』をリリースする際に受けた自身で作曲することについてのインタビューで「だからと言ってわざと変なものを作ってやろうとは思っていない」,「要は知識とか作法とか段取りは無視して感覚で作っちゃってるから、みんな初めて聴いた時にちょっと脳みそバグるみたいな感じになって。それで癖になる人は入ってくるんですけど」と言っている。, たしかに『shamanippon 〜くにのうた』や『逝くの ? ジャニーズには色んな才能を持ったタレントさんが多数存在していますね。中でも、堂本剛さんの歌唱力や作詞作曲能力、演技力は群を抜いているのではないかと思います。KinKi Kidsの2人はどちらも多才ですが、剛さんの才能やセンスは光一さんとは違 Goodness!』を買った。 〜あの時のある男子中学生がV6にハマり,高校生は青春と共に...〜, 「思えばボクは小学生のときからKinKi Kidsが好きだった。〜回顧録と大人になった今〜」. http://radiko.jp/#!/ts/QRR/20200714000000 KinKi Kidsどんなもんヤ! 堂本剛(KinKi Kids)の「十二月」動画視聴ページです。歌詞と動画を見ることができます。(歌いだし)白く染まった通い慣れた 歌ネットは無料の歌詞検索サービスです。 !』などを初めて聴いたときには「こんな歌聴いたことない!」と新し”すぎる”感触を覚える。しかも,この2曲に関してはこれを書いている今のボクがパッと思いついたものをカチャカチャと書いただけであって,他の楽曲たちにもこう思わせられるものは無数にある。『funky レジ袋』とかも...。, ただし,これらの楽曲もそうだし,我々の心にストレートに訴えかけてくれるような楽曲はもちろん,人や社会のことについて研究するボクの目線から彼の紡ぐ詞を見ると,様々な社会批評や愛などの本質的な諸現象について謳った過去の偉人たちの考えや思想とを絡めながら,この曲を通じて剛は一体どんなことを我々に届けたいのかについて考えずには居られない。特に今年においては1人で過ごす時間が例年と比べて多かったために尚更だ。, 今回のこの記事では,「??」と思わせられるような一見ネタソングにも聴こえるような楽曲というよりも,涙なしには聴けない誰しもが名曲と位置付けるような楽曲たちを取り上げてその言葉たちを深堀りしてみたい。例によって,取り上げる楽曲はボクの好みで選択していく。, 剛がソロとしてのデビューを飾った最初の1曲目が自身で作詞作曲を行った『街』('02)であり,1979年生まれの彼は22,3歳のときにこれを制作したといえる。これを書いているボクは今が23歳(今年24になる歳)であるが故に,当時の彼が持っていた感性がこの歳になって改めて「ものすごい!」と思わずにはいられない。, ちなみに,2001年,2002年あたりにリリースされたKinKi Kidsとしてのシングルは『ボクの背中には羽根がある』や『情熱』,『Hey! 「堂本剛ファン」も「愛のかたまり」を聴きながら「ボディクリーム」の研究をした方が良いかも知れないですね。 堂本剛は8月24日深夜放送『レコメン!』(文化放送)内の番組『Kinki Kidsのどんなもんヤ! ... SMAPを抹消した『24時間テレビ』と、SMAP愛を語り尽くした堂本剛. http://radiko.jp/#!/ts/QRR/20200714000000, 「お兄ちゃんというよりお父さん」ミキ・昴生、生見愛瑠の言葉に撃沈!EXIT・兼近にも吠えまくる姿が話題, 楽器を持たないBiSHが「楽器を持った」パフォーマンス披露!サバンナ高橋「めちゃくちゃかっこよかったです」. My! (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); Projectでの無観客配信ライブのことにも触れつつ「皆さんと直接、会場でお会いできるってことは、そんなにすぐに叶わないのかな…と思ってはいます」「それぐらい慎重に物事を考えていくべきだな、と思ったりもします」と語りました。, これに対しネット上では、「私はコロナがまだ怖いなって思ってたから、剛さんの危機感を持った慎重な姿勢にほっとしてる」「剛さんは超潔癖でいいのよ!コロナは本当に近づかないで…!」など、共感の声も多数上がっていました。, 続いて、剛さんが参加している期間限定ユニットTwenty☆Twentyによるチャリティーソング『smile』について話題が及びました。, 剛さんは「ファンの皆さんの気持ちが少しでも楽になればいいな」と話す一方「(コロナ禍からの)現実逃避を思い切ってさせてあげることは望んでいなくて」「現実的な中に、(歌によって)虹をかけたいな、と思うんです」と、剛さんらしい言葉選びで語りました。, さらに「(ライブなどを)無理矢理やることはできるけど、(スタッフなどの)家族のこととか色んなこと考えたら、軽く考えて動けない」「横浜アリーナでライブやってたときとかは、(スタッフも含め)みんな生き生きしてたからね…」と、心なしか声を震わせながらのコメントも。, 『smile』のレコーディングについては「キラキラしたものを放つようなイメージで。とにかく自分の思うままに、真っ直ぐに歌ったっていうイメージです」と話していました。, ネット上では、「現実的な中で最大限つながる方法を模索してくださる剛さんには信頼しかない!虹がかかるその日を心待ちにしています」「歌い出しからジーンとするのはその真っ直ぐな剛さんの気持ちが伝わってくるからだね!」などの声が上がっていました。, この日の放送では、6月17日に発売された42枚目のシングル『KANZAI BOYA』がフルコーラスでオンエアにのりました。, このタイトル『KANZAI BOYA』について、KinKi Kidsが誕生する前に、ジャニー喜多川さんが作った幻のユニット名であることは、ファンの間では有名な話。, 曲紹介の際、剛さんは「愛のつまった名前やったな…」「僕たちがこの名前をもらった時には、その愛情を感じ取れなかったんです、若すぎて」とコメント。, 続けて「年を取るにつれて、その愛情がじわじわと湧き上がってきて、『なんて愛情のつまった名前だったんだろう』って。急に愛おしくなってね…ほんと勝手だなと思いました」と早口で語りながらも、再び声が震えているようでした。, 『KANZAI BOYA』改めKinKi Kidsの生みの親であるジャニーさんを想い、思わず涙ぐんだのかもしれませんね。, これに対しネット上では「若い頃は愛情に気づけないものなんだよね。大人になって分かるんだよね」「KANZAI BOYAの曲紹介、剛くん声少し震えてたな…ジャニーさん大好きだもんね」「本当、このタイミングでKANZAI BOYAリリースしたの正解すぎる!」などの声が上がりました。, 今回は、自らの想いを真っ直ぐに届けてくれた剛さんの誠実さが、改めて感じられる放送でしたね。次回は堂本光一さんが担当するようなので、期待したいですね。, 【番組情報】 Copyright© COCONUTS , 2020 All Rights Reserved. みんな元気かい?』,『カナシミブルー』,『solitude 〜真実のサヨナラ』が挙げられる。段々とKinKi色が醸し出されてきた時期である。, 『街』において剛は一体どんな言葉を紡いできたのか。この曲のサビで謳われている詩がこちらだ。, アイドルという肩書きでありながら,ボクらの思うアイドル”らしさ”から極めて離れた,時代の悲しい真実を提するこの楽曲が彼の初めての1曲である。ボクがこの曲を初めて聴いたのがいつだったのかは全く覚えていないが,少なからず小学生の頃には聴いたはず(ボクが小学校に入学したのは2002年)。中学生,高校生のころにも何度か耳にはしていたがその時には単純に「いい曲だなー,剛の声は癒されるなー」くらいにしか思わなかったのが正直なところである。, しかし大人になって今,改めてこの曲,この詩を聴いて感じて,じっとここで歌われている現実についてを考えずにはいられない。「愛を見失ってしまう時代」「自分を守り生きていく時代」...。偶然か必然か,この楽曲がリリースされた2002年というのはバブルが崩壊し,いわゆる就職氷河期が到来し,この時代,そして街に生きる大人たちは過去の盛り上がりを記憶に残しながら憂いて新しい世紀を迎えた,そんな時代だ。数字とか年表とか,目に見える資料を確認するだけでも,この辺りの年は「浮き沈み」でいうところの”沈み”の時代であることが分かる。, ✔️ 職業安定業務統計(完全失業率・有効求人倍率を表したグラフ)  2002年あたりに注目, このような時代の真っ只中を東京で生きる若き剛の手によって「愛を見失ってしまう時代」「自分を守り生きていく時代」と紡がれたという事実に,我々は改めて彼の世界に向けられた,心のなかにあるアンテナに感服せざるを得ない。, エーリッヒ・フロムという20世紀を代表する精神分析学者がいる。彼の代表的な著作はいくつかあるが,その中でも有名なのが『愛するということ』(原題:"The Art of Loving)という1956年に刊行(日本語訳が出たのは1991年)された作品だ。この本のなかでフロムは「愛する」という行為は生まれもって備わっているのではなく,経験によって習得し,経験によって技術を磨いていくものであると主張し,長い年月を経て「愛についての必読書」として非常に名高く位置付けられている。古い本ではあるが,刊行されて尚,いつの時代でも読み継がれている本だ(ちなみについ最近,新訳版が出た)。, 彼は「愛の本質は、何かのために「働く」こと、「何かを育てる」ことにある。愛と労働は分かち難いものである。人は、何かのために働いたらその何かを愛し、また、愛するもののために働くのである。」(p.50)という主義主張の上で,ボクらが生きる資本主義社会についてを以下のように整理し,現代人をとりまく事実を詳らかにする。, そもそも働くということは自身にとってかけがえのない誰かを愛し,その誰かを愛するための営為であるとフロムはいうのだが,現代をはじめとした資本主義社会はいわゆる「言いなり人間」を求め,そのような人間は結果としてあらゆる関係性から疎外されてしまうのだという。この本のなかに大人たちが苦しんだ2002年における日本をダイレクトに絡めた記述はないが,それまでの歴史をみてこの事実から生まれる悲しみの事実がより現実となったのではないかとボクはどうしても考えてしまう。, 果たして剛がフロムの『愛するということ』を読んだり,自殺者数や失業者数の統計を見たかどうかは正直わからないが,確実に言えることとしては東京という街に生きて,自身の実存とはかけ離れた”アイドル”という職業を全うするなかで,新たな世紀を迎えて直後の東京で彼の目には迎えたその新時代にある今が「愛を見失ってしまう時代」「自分を守り生きていく時代」と見えていたのである。, 愛に関してのこの節の締め括りとして剛が2007-08年あたりに制作した名曲『Nijiの詩』にある詩を引用する。「愛を見失ってしまう時代」「自分を守り生きていく時代」に果たして自分はどう生きていき,何を後世に伝えていくべきなのだろうか,そんなことを思わせてくれるような詩である。, 前節の「愛」についての続きとして,本節では「自分」について考えてみたい。自分にとってかけがえのない人に全身全霊の愛を向けるにあたって,自分のことを愛せない人が自分ではない何かを愛することができるのだろうか。自身に向けた愛を持って初めて,自分以外の何かに対して愛を向ける条件が揃うのだという考え方は多くの先人たちのいうことだ。, 「自分」を肯定し,「自分」を愛するきっかけを与えてくれるような剛の楽曲のひとつとして『いま あなたと 生きてる』('15)を挙げたい。早速,この楽曲における冒頭の詩をみてみよう。, この詩にあるメッセージを考えてみると,一見すると自分のことを大切に持ってくれている誰かが,今は悲しみや憂いを抱く自分に対して慰めを与えてくれるような,寄り添ってくれるような曲に見える。, しかしながら,これを「愛」と「自分」の関係性に引き寄せて考えてみると,「自分」と自分以外の誰かの間で結ばれている「愛」がどのようにして成り立っているのかをみてとることができ,より一層,この曲そしてこの詩の持つ威力を知ることだろう。, 「愛」と「自分」において,前節でも紹介した『愛するということ』を著したフロムも,聖書にある「汝のごとく汝の隣人を愛せ」を引きながら以下のことをいう。, 聖書にある記述に依拠したフロムの考え方として,自分自身を愛することができて初めて他人を愛することができる(=不可分の関係)というものがある。この節の冒頭でボクは「自分にとってかけがえのない人やモノに愛を向けるにあたって,自分のことを愛せない人が自分ではない何かを愛することができるのだろうか。」と問題を提起したのはまさにフロムのこのような思想に基づいて投げかけたものだ。, 「自分自身を愛することによって他人を愛することができる」という考え方で『いま あなたと 生きてる』の詩をみてみると,「情けない顔しないで 誰かと同じを生きないで」では,ここにある「あなた」はきっと何かをきっかけに自信を喪失してしまい,「自分」というものを見出せない,悲しみの状態に陥っている世界線を見てとることができ,そんな「あなた」に対して「あなたにだけ歌える 世界を教えてよ…」と求めてくれる誰かの存在がここに示されている。, 「あなた」を求めてくれる誰かにとっても,「あなた」が自信を喪失し,「あなた」が自身に向ける愛の灯火が消えてしまいそうになるとき,この誰かはそのような「あなた」と同じくらいに大きな問題を抱えることになる。というのも,「自分自身を愛することによって他人を愛することができる」(=不可分の関係)という本質的な考え方に立ったとき,このシチュエーションは「あなた」をかけがえのない存在であると心から思うその誰かに向けられる「あなた」の愛までもが同時に消えてしまうことを意味し,その誰かにとって代替できない愛までもが存在不可能になってしまうのである。, そう,この詩のなかにあるメッセージは,「誰か」から一方的に向けられた慰めの曲というよりも,「あなた」が自身を愛せなくなってしまうことによって,誰かの「あなた」への愛を与え,与えられたい,互いの愛の存在確立性を訴えかけるものなのである。, 「どうにもならないあの日も 訳があるはずよ 逃げずに あなたにだけ歌える 世界を教えてよ…」の後,偶然だろうか,「恋していいのよ 愛していいのよ」と,剛は愛についてを唱いあげる。【「あなた」が自分を認め,愛するということ=「誰か」を認め,愛するということ】というこれまでの考え方に立つと,この愛や恋についての詩とそれまでボクらがみてきた詩との連関がみえてくることだろう。あなたにだけ歌える世界を教えてと素直に「あなた」がこれを受け止めるということは恋や愛を誰かに向けることと同じなのである。, 誰かを本気で愛したいのであれば,まずは本気で自分のことを愛するべきなのだと剛は教えてくれている。, 最後に,もう一言だけ添えておきたい。『いま あなたと 生きてる』に込められたメッセージを先人の知恵を借りながら深く考えてみたはいいものの,『街』にもあるように今を生きるボクらを取り巻くのは「愛を見失ってしまう時代」「自分を守り生きていく時代」だ。そして今の日本を取り巻く新自由主義の考え方は,それまでにあった社会や組織が自分を守ってくれる時代とは違って,自分の身は自分の身で守る時代に突入を意味している。それこそ,昔は新卒で会社に所属したら定年まで働き続けることが当たり前,会社組織は自分や自分の家族を社会的に助けてくれていたが,今となっては,そんなふうにボクらを守ってくれるワケでもなく,使えない人間は上の手によってクビを切ることもできる現実が存在する以上,ボクらは他者からの評価が自分の存在意義に大きな影響が与えられると考えてしまう。そして,これは社会だとか労働だとかにはとどまらず,愛などの自身にとっての実存に関わる概念にまで揺さぶりをかけてくる。, このような社会や時代を変えるのはそう容易ではない。そんな「愛を見失ってしまう時代」を「自分を守り生きていく時代」と個人のレベルに捉え直し,愛についての考え方にもう一言,先人の知を借りながら提唱したいのだ。, ボクが所属している大学院の研究室の先生(指導教員)は「生きる」や「愛する」などの人間の実存に関する著書を多く出してきた,文化人類学者の上田紀行先生という人物なのだが,彼の代表的な著作のひとつである『愛する意味』のなかでこのような愛についての提言をしている。, 誰かからの愛を求め,愛されることに一番の重きを置くのではなく,自分が誰かを愛するということに重きを置くという価値観。これは,さきほどから何回も登場しているフロムの『愛するということ』でも同じような立場をとっている。上田先生の言うこのような愛の在り方についての素晴らしさの一つもみてみよう。, このような考え方を剛やKinKi Kidsの言葉を借りて紐づけるのだとすれば,剛の代表曲のひとつである『縁を結いて』('11)や,これまたKinKi Kidsの代表曲のひとつである『愛されるよりも愛したい』('98)が近いとボクは考える。, 「愛される」ことの素晴らしさと「愛する」ことの素晴らしさ,多くの方々にとってきっと前者のほうがその重きは大きいだろうし,自分が「愛する」よりも,自分が「愛される」というほうがなんだか稀有そうで価値高い気もすることだろう。ここまで偉そうなことを言ってきたボクも「愛する」ことこそが愛の素晴らしさなのであると心から思いたいけれど,どうしても「愛され」たいという想いもそれと同じくらいに強く思ってしまうところもがある。なかなか,長い間抱き続けていた自身の考え方を一髪で変えることは決して容易なことではないが,先人も提唱していることだし,剛やKinKiも届けていることだし,ゆっくりとこのような考え方を心に浸透させていきたいものだ。, ここまで剛がこれまでボクたちに届けてくれた「愛」や「自分」についてをボクなりに解釈してみたが,最後に考えたいのは,堂本剛というジャニーズ事務所に属する1アイドルがなぜこれほどまでに人の実存についてを深く考えてきたのか,ということである。そもそものきっかけというか,発端は一体何なのだろう。, ボクが所属している東京工業大学大学院の環境・社会理工学院のなかにある社会・人間科学コースという研究科に中島岳志先生という主に日本の思想史について研究している政治学者の方がいる。この方の学問上における守備範囲は非常に広く,日本の政治について研究しているかと思えば,昔は文化人類学の視点からインド政治についての研究もしていた上に,日本やインドのナショナリズムについてを歴史学の観点から研究していたこともある。発表する著作や論文の数多くが様々な権威ある賞を受賞し,メディアにも度々出演する現代日本を代表する論壇客の1人だ。, 東工大の大学院における社会・人間科学コースの大きな特徴として,学生と教員の距離が近いということが挙げられる。そもそも,学生の数がそんなに多くないので,少なからず同学年であれば皆顔見知りである上に,授業やゼミ以外にも自主的な研究会に先生も参加するということがしばしばあるために,密なコミュニケーションをとることができる。, ボクも入学早々,これにあやかり,研究室の先輩にお誘いを貰った,さきほどの中島先生が主催の研究会に参加し,そこで初めて先生とお会いし,自己紹介の流れで初めてお話させてもらった。その自己紹介のなかでボクが「現代日本における男性の生きづらさを文化人類学の視点から調査して,その生きやすさを求めるスケープゴートとして男性ジャニーズファンの研究をしたい」と申したところ,中島先生は「実はボクもジャニーズのことが気になったこともあって,一度研究を進めるなかで堂本剛について追いまくってたことがある」と仰り,まさかこの方が堂本剛について研究していた経緯があるだなんて夢にも思っていなかったので,非常に驚いたことがある。, 堂本剛について中島先生が言及したのは現代日本における保守思想の入門書として位置付けられている『保守のヒント』という著作である。, この本の最後のほうに言及されている平成ネオ・ナショナリズムの渦中にいる若者たちの「自分探し」ブームを考察するなかで,俳優の窪塚洋介の「自分探し」思想と,我々の詳しい堂本剛における「自分探し」思想を対比させる形で考察を行っている。, そもそも,堂本剛に目をつけた理由として,中島先生はこのように仰っていた(これについては著作の中ではまとめられていない,たまたま話を聞かせてもらって知ったこと)。「テレビをつけるたびにいつもそこにいる堂本剛は,なぜ見る度に髪型が変わっているのだろうか,そしてなぜ流行りの髪型ではなく,敢えて”変”な髪型にしたり,”普通”ではないファッションを着ているのだろう」と疑問を抱いたことが,彼を注目する上での根本的なきっかけであったという。, たしかに,昔の映像をみていると,異常に長い襟足があったり,レギンスを履いてみたり,柄物のファッションを着ていたり,いつも隣にいる比較的無難な格好をすることの多い光一と比較してみるとより一層彼の独特さが誰の目から見ても,見て取れることだろう。, この節では剛がなぜ人の実存についてここまで深く考えてきたのかどうかについて考察してみるということだったが,まさにこの中島先生が調査・考察してきたことがこの疑問に対しその答えの一端を与えてくれる。, まだ剛が自身の手によって紡ぐ楽曲がまだ発表されていなかった2000年のときに雑誌Myojoで連載していた彼のエッセイのなかにあった言及を先生は引用する。, 音楽番組やバラエティ番組では明るく,皆を笑わせるようなことを言ったりする一方で,考えていることは苦悩にまみれていて,常に苦しみを抱いているような文言が以上をはじめ,節々に見られていたのがこの時期だ。この時によく剛が出していたワードが「自分探し」や「本当の自分」であった。, 先生の調査のなかで剛は2004年あたりになってくると,度々「神」という極めて遥かな外の世界へ目を向けるような思想が芽生えてきたことを確認している。, アイドルという虚構を身に纏い,数えきれないほどのファンを熱狂させる職業に属しながら「本当の自分」とは一体何なのかについて考え,もがき苦しんだ彼は時を経て「神」の視点を得て超越的な立場から自身を捉え,救済の手が差し伸べられるという思想を取り入れるようになるのだ。, この本のなかでは剛の楽曲については触れられていないが,2004年にリリースされたアルバム『[si:]』にある楽曲にみられる歌詞はまだ現実的で具体的な想像を起こしやすい詩を歌い上げている一方で,2006年にENDLICHERI☆ENDLICHERI名義でリリースした『Coward』では,超越的な視点に立ち本質を歌う様相を垣間見ることができる。以下で『Coward』に収録されている楽曲の詩を見てみようと思う。, 「マクロコスモスへの旅」や「そう吐かせてしまう時代は 曖昧 臆病だ」,「理想で現実を断つ御伽噺 希望の船に乗せられ 運ばれてゆく 輝いて仕方のない 残酷な明日へ」という言葉たちに見られるように,自分が存在する「今,ここ」の立場から超越次元へシフトすることによって,自分を取り巻くコスモロジー(≒世界観)を見据え,ひた隠しにされた真実を剛の目線によって暴かれる。, 『保守のヒント』のなかにおいて堂本剛の思想の在り方は「精神的不安定さを抱えるメンヘラー系」(p.296)と結論付けられている。たしかに超越の視点を得るきっかけとしては言い得て妙なまとめであろう。これを発端にしてそのような視点(超越)で世の中や「自分」を見つめる事実を鑑みれば,また別の的確な表現があるかもしれないが。, ちなみに,堂本剛の対比相手となっている窪塚洋介も,問題意識としては剛と同様に「自分探し」であったり「本当の自分とは一体何だろうか」であったりについて考え,もがき苦しむ1人の若者であった。しかしながら,彼の場合は剛のように神の視点といった超越的な視点でそれについて考えるというよりも,日本におけるナショナリズムの視点に立脚していたという。窪塚洋介の思想のあり方は「感情・精神と世界の連動を志向するセカイ系」と位置付けている。, ただし,剛は窪塚洋介とは全く同じ立場とは言わないまでも「日本に生きる我々」を強く強調する楽曲をこれまでにいくつもリリースしている。そして,それは剛自身がこれまでに得てきた超越的な視点に踏襲した思想だ。これを代表するアルバムとして挙げられるのはやはり『shamanippon -ラカチノトヒ』('12)や『shamanippon -ロイノチノイ』('14)だ。ボクが研究している文化人類学ではシャーマンと呼ばれる宗教的職能者のことについてかなり多くの知見があるので,いつか文化人類学的にみるshamanipponについてまた深く考察してみようと思う。, ここまで見てきたように,堂本剛の今までに続く思想の在り方というのは,剛自身が元来的に持ち合わせていた「精神的不安定さを抱えるメンヘラー系」を発端とし,自身の在り方や生き方について苦悩するなかで超越的な視点に立脚しながら我々を取り巻く愛や時代などといったそれらの本質について常に考え,その苦しみと戦いながら音楽を武器に生きているのであると結論付けることができる。, ここまで読んでくださった読者の皆さま,本当にありがとうございます。この文章にたどり着くまでおよそ15,000字以上記述してきましたが,今までボク自身が不思議に思っていた堂本剛の思想について楽曲であったり,先人からの知恵とその言葉の数々であったりとを絡めながら考察することによって,ずっと昔から尊敬する剛にちょっとでも近づけたような感じがして,満足の感触を覚えているところであります。, けれど,彼についてまだ分からないことや不思議に思うこと,もっと知りたいと思うことはまだまだたくさんあります。この記事を書くにあたって様々な文献や楽曲にあたるなかで,新たな疑問が浮かぶことも頻繁にありました。色々と彼に想うことは無尽蔵にありますが,何よりも,これだけの奥深さを持つ人間が,今の日本を代表とするアイドル集団・ジャニーズ事務所にいてくれて,本当にありがとうという気持ちで溢れんばかりです。, 今回の記事では言及できませんでしたが,改めて彼の楽曲を何十曲も聴いていくなかで『HYBRID FUNK』もかなり詩として示唆的ですね...。これについても,剛が具体的にどのような現実をみてこのような言葉を紡いできたのかを考えてみたいところです。, それでは最後に,数多くの楽曲や言葉を届けてきてくれた剛が,全てにおいて大切にしてきたであろうメッセージを,先人の言葉を借りて,ここに据えて締め括りとしようと思います。, その先人はヴィクトール・フランクルという,ナチスによって強制収容所に送還された精神科医・心理学者で,極度の非人道的な環境に自身の身を置く中で見つめてきた「人間とは」「生きるとは」について触れた『それでも人生にイエスと言う』のなかでのフレーズを引用しようと思います。経験は全く異なりますが,彼も剛も,考えていることはきっと似ているんだろうなとボクは思うのです。, *1名でもがあれば開催致します!*本名や顔は非公開でも構いません‍♂️*申請締め切りは11/6(金)20:30までです。, ジャニ男タ研究者(修士院生)の目線からジャニーズを考察するnote記事の執筆を行なっております!研究費用・インタビュー資金・学費・(オタ活費用...)を賄うためにも,「サポート」をしていただけると嬉しく思います‍♂️よろしくお願い致します., 幼少時からジャニーズをみて育ち,今となっては男性ジャニーズファンとかジェンダーを研究する大学院生となった男性ジャニーズファン/研究者がジャニーズを見つめて,人生をより豊かにするための「学び」を先人の智恵と絡めながら本気で考えるマガジン。, 堂本剛の... 「愛」と「自分」 について〜愛を見失ってしまう時代・自分を守り生きていく時代〜【約19,000 字】, 【ジャニーズやジェンダーについて東工大の大学院で研究しているジャニオタの男性】本当は絵を描いたり音楽を作れるようになって想いを伝えたいんだけど,やっぱり言葉を紡ぐのが好きだから,思ってることや伝えたいことは文字にしてお届けしたいです。, 人生で初めてもらったバイトの給料で『Oh!

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